大相撲は本当に「国技」と言えるのか? ― 貴乃花親方の「国体観」とは

「日馬富士の貴ノ岩に対する暴行」を契機として、日本相撲協会の在り方が問題となっています。それに関連して、大相撲の性格を巡る議論も盛んです。

 

別に、「大相撲が国技である」と法律で定められているわけではありません。これはあくまでも、日本相撲協会が「自認」しているということです。公益財団法人である日本相撲協会の定款に「この法人は、太古より五穀豊穣を祈り執り行われた神事(祭事)を起源とし、我が国固有の国技である相撲道の伝統と秩序を維持し継承発展させるために、本場所及び巡業の開催、これを担う人材の育成、相撲道の指導・普及、相撲記録の保存及び活用、国際親善を行うと共に、これらに必要な施設を維持、管理運営し、もって相撲文化の振興と国民の心身の向上に寄与することを目的とする」と書かれています。さらに、「国技館」という建物が両国にありますが、この呼称を巡る問題にもなっていませんから、日本相撲協会が「国技を自認」することについて社会的な了解は得られていると言って良いでしょう。

 

これは、日本の国鳥が雉であるとか、国花が菊あるいは桜であるとかが法律で決まっているわけではなく、そう社会的に了解されているということと同じことで、問題とすべきものではありません。

 

なお、わが国最古の公的な歴史書である『日本書紀』を見ますと、第11代・垂仁天皇の御代に、大和国の当麻蹴速(タイマノケハヤ)と出雲国の野見宿禰(ノミノスクネ)が御前で相撲を取り、野見宿禰が勝利したと記述されています。その故地とされる場所には、その名も相撲神社が建っています。このことから見て、相撲が非常に古くから格闘技として存在していたことも事実でしょう。

 

こういうことを最も強く意識しているのが、貴乃花親方ではないか。そう私が思うのは、親方が九州場所の納会における次のような発言をしているからなんです。

「日本国体を担う相撲道の精神、相撲道の精神とは、角道と言います。角(くら)べる道と書きます。私どもが相撲協会教習所に入りますと、陛下が書かれた角道の精華という訓があります。これを見て、いちばん最初に学びます。この角道の精華に嘘つくことなく、本気で向き合って担っていける大相撲を。角界の精華を貴乃花部屋は叩かれようが、さげすまれようが、どんなときであれども、土俵にはい上がれる力士を育ててまいります。そのためには私自身も親方、師匠として腰引くことなく、芋を引くことなく、まっすぐと向き合って皆さまのご支援に報いるよう精進いたします」

貴乃花親方は、「相撲は日本国体を担うものである」という意識を明らかに持っているんですね。貴乃花部屋のウェブサイトに掲載されている親方のブログには、こんな記述も見られます。

「相撲道の普及は、我が人生の名代でもあります。我が故郷 我が生き甲斐でもあり、記憶を辿れば、幼心に芽生えた軍神のように生まれてきた思いがいたします。日本の国益のお役に立てるための、相撲道の本懐を遂げるためのものです」(2016年3月25日)
「神道の精神で鍛え上げられたのが“親方”です。大相撲は神の領域を守護代するという意義があります。肉眼では見えないもの無形のものに重点をおき精進することにあると思います。立派な信仰心を持ち神の領域へいけるようにしてきたのが“親方”です。入門時からそれが浸透しています。厳しい稽古だけがそれにあたるのではありません。生活の場から修練し、心を納めてきているのです。人として生きて、神になれない人であるからこそ、精進(死まで)努力し続けてゆく器量が求められているのも“親方”です。そうして土俵に上がり、歓声を浴びて夢や希望や信仰をご披露してきたのが“親方”です」(同上)

いずれも、「神道」あるいは「日本」ということを強く意識した発言ですね。

「足先から頭のてっぺんまで、血液の流れを感じながらやるのが、特に内臓筋を集中して使う動きの方法です 気功的でもあり、内臓筋を毎日意識して生きるだけでも気の流れがいかに大切かを感じることができます 息、食、動の充実は健康を練り上げてゆきます お腹の中を練って練って、丹田を輝かせ、身体の中心を意識できるので健康的です 機械的に生きないで人間的に生きられる秘訣が相撲道には隠されています 知られているようで以外と知られていないので、もっと広く世に伝えてゆきたいと思います 世界の健康を救う動きになるかもしれません これは正に日本の技術です」(2015年7月19日)

これなど、力士としての「身体感覚」に依拠した「密教的」な発言ですね。

 

親方は、京都府宇治市にある龍神総宮社という神道系の新宗教や、鹿児島の真言宗僧侶・池口恵観氏の強い影響を受けていると言われます。そうした神秘主義への傾斜に違和感はありますが、力士としての実感に何とか言葉を与えたい、そういう真摯な姿勢には好感が持てます。

 

しかし、親方の発言にイチャモンをつける人もいます。中島岳志氏(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授)は、自身のツイッターで以下のように述べています。

「貴乃花親方が千秋楽打ち上げのスピーチで『日本国体を担う相撲道の精神』という言葉を使っている。直後に天皇陛下の書に言及しているので、『国体』という語を意識的に使っていることがわかる。現在の騒動が、危うい思想闘争に発展することを懸念する。貴乃花親方にとって、貴ノ岩は『日本国体』に従順なアジア人という位置づけなのだろうか?逆に白鵬などを『日本国体』に馴化しない存在とみなし、『相撲道の精神』からの逸脱と見なしているのだろうか?だとしたら、最悪の形のアジア主義のリバイバルだ。貴乃花親方の一連の行動に、どうしても1930年代の青年将校のような『危うい純心』を感じてしまう。『国体』に依拠した大相撲協会の『改造』が行動の目的なのだとしたら、危うい。この先、貴乃花親方が協会内で孤立し、貴乃花部屋がカルト的結社化するようなことになれば大変だ。そんなことにならないような着地点を見出してほしい」

こういう他文化に対する寛容さにこそ、インテリの偽善という「危うさ」を感じるのは私だけでしょうか。相撲道と「日本国体」との関係を突き詰めて考え、その一体化を目指す貴乃花親方こそ、「太古より五穀豊穣を祈り執り行われた神事(祭事)を起源とし、我が国固有の国技である相撲道の伝統と秩序を維持し継承発展させる」という定款の一節に忠実であると思います。

 

それにしても、現在の相撲協会は、どのような形で「相撲道の伝統と秩序を維持し継承発展させ」ようとしているのでしょうか。外国人力士を入れることで興行としては成功しましたが、「相撲道」の何たるかを社会に示すという公益法人としての使命をおざなりにしてきたように思います。そのことを抜きにしたまま、親方の遣り方が組織人として適切であったか否かを議論したところで、根本的な解決になりません。

 

公益法人は税制面で大きな優遇措置を受けています。一般社団法人である日本野球機構とは異なるのです。「スポーツビジネス」としての方向性を追求したいのであれば、公益法人格を返上すべきでしょう。納税者としての立場からも、日本相撲協会の今後を見守っていく必要があると思います。

| 雑感 | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
少年時代の疑問と後の人生
10月29日に行われる明治150年記念シンポジウムの打ち合わせを兼ね、パネリストとして御登壇下さる松元崇氏と会食させて頂いた。
松元氏は東大法学部から旧大蔵省に入省し、内閣府事務次官まで務められた一方、地方自治や財政に関する書物も出版されるなど優秀な方だ。
松元氏は筑波大学付属駒場中高(旧・東京教育大学附属駒場中高)の先輩ということで在学中の話も少し伺ったが、その中で「Hという先生は君の時も居たのか」と問われ、「中学校3年生の時に(マルクスの)労働価値説について解説されたが納得できなかったので、生物学者志望だったのが東大の法学部に行き、今に至る」という趣旨のことを仰った。なお、同期生である慶応義塾大学教授の金子勝についての話も出た。
この日共党員であるHとは、私もガンガン遣り合ったクチだが、私が最も疑問を抱いたのは同じく中学校3年生の時に聞かされた「社会契約論」だった。というのも、社会契約論では天皇陛下の御存在が説明できないと少年ながら思ったからだ。
片や労働価値説に疑問を抱いたことを契機として財政の実務に携われた松元氏、片や社会契約論に疑問を抱いたことを契機として国体研究を続けている私、同じ教師の授業を聞いても、疑問に思うところは人それぞれで、なおかつ少年時代の疑問が後の人生に影響を与えるものだと改めて感じた次第。

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| 雑感 | 10:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
大震災から1週間
東北地方太平洋沖地震が発生してから1週間が過ぎた。

幸いにも私は関西に居たので難を逃れ、東京の実家も殆ど被害はなかったとのこと。岩手県花巻市に住む金子家の本家とも連絡がついた。

一つ気掛かりなのは、中学・高校の後輩で宮城県気仙沼市で耳鼻咽喉科の医師をしているという森田真吉君のこと。同市の市民病院に勤務しているらしく、無事ならば被災者の治療に奮闘していることだろう。
※少し前に気仙沼から山形に転勤したという情報が届き、安堵した。(3月22日)

それにしても、あの大津波。ローカル線の列車から眺めたこともある風光明媚な三陸海岸も今や瓦礫の山。ちょうど昨年の今頃、名物のアンコウ鍋を食べに家族と訪ねた北茨城の平潟港も津波の被害を受けたようだ。諸行無常とは言うものの、胸が痛む。その上、福島第一原子力発電所をはじめ、各地で予断を許さぬ状況が続いており、居ても立ってもいられない。

ただ、現時点では素人がノコノコと行っても邪魔になるだけ。自衛隊を始めとするプロに任せて、我々は後方支援に徹するべきだろう。年少の友人である本山たかはる君が、「いま、私たちにできること。」をまとめてくれている。
 http://motoyama.sejp.net/?day=20110315

  1.義捐金を送る
  2.現場を守る
  3.静かに祈る

因みに、「義捐金」の「捐」という文字は「捨てる」という意味。もともとは、「義のために捨てる金」という意味であった。常用漢字にないから「義援金」という表記になったそうだが、「義のために助ける金」という意味になってしまい、原語に含まれていた微妙なニュアンスが失われている。

畏くも天皇陛下からは優渥なる勅語を賜った。この未曾有の災害を契機に日本の新生を図ることが国民の使命である。

 [”本山たかはる”へのご支援をお願い申し上げます!]

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新年皇居一般参賀
今日も晴天。紋付き袴姿で東京駅丸の内中央口へ。維新政党・新風の鈴木信行代表ら「靖国神社清掃奉仕有志の会」の皆さんと皇居に向かう。かなりの人出だ。

宮殿向かって右側に陣取る。午前11時、天皇・皇后両陛下を始め皇族方がお出ましになる。あちらこちらで上がる万歳の声。打ち振られる小旗。

陛下より次のような御言葉を賜った。

「新しい年をともに祝うことをうれしく思います。今年がみなさん一人一人にとり、少しでもよい年となるよう願っています。年頭にあたり、世界の平安と人々の幸せを祈ります。」

「少しでもよい年」という一節の重さ。厳しい情況を見据えつつ、それでも希望を持てという大御心と拝察する。

参賀終了後、靖国神社に移動して初詣。さらに、境内の露店で昼食を兼ねて一献。

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| 雑感 | 18:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
《創新》という奇妙な言葉

《日本創新党》という政党がある。去る7月の参院選に合わせて、元杉並区長の山田宏氏らが結成した政党だ。比例区で50万票弱を獲得したが、当選者を出すことはできなかった。

政策面はさておき、どうも「創新」という党名に違和感がある。同党の関係者は「大化改新」・「明治維新」に続く「平成創新」などと謳っていたが、詔勅や太政官布告でも使われた「改新」や「維新」に対し、「創新」は新造語に過ぎぬ。

そもそも、「創」といふ字は「刀」を表す「りっとう」と「ソウ」という音を表す「倉」とを組み合わせた形声文字で、「刃物で切れ目をつける」、つまり「傷をつける」という意味の文字だ。「銃創」などの用例を見たことがあるだろう。現代支那語においても、「創」という語は「傷」という意味で用いられている。

この「切れ目をつける」という意味から転じて「つくる」という意味になったが、もともと「新しく作る」といふニュアンスの強い文字であり、歴史的連続性とは無縁だ。

このような新語を平然と使ってしまうところに、漢学に対する素養のなさ、ひいては日本語に関する意識の低さを感じざるを得ない。彼らは「真正保守」を標榜するが、言語を守らずして何を保守するのだろうか。


JUGEMテーマ:政治思想
| 雑感 | 22:48 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
「絶叫ソング」
JUGEMテーマ:演劇・舞台

昨晩、堂島のABCホールで友人と芝居を見た。
予備校の教え子が演出助手をしてをり、見に来るよう誘われたのだ。

劇団レトルト内閣・『絶叫ソング』
http://www.retoruto.com/zekkyo/intro.html

あらすじは上のウェブサイトを見て頂きたいが、ロスジェネ世代の「ダメ人間」たちをコミカルに描き出している。「メイドの土産(=冥土の土産)」などギャクを交えたセリフ回しも軽快で、あっという間の1時間30分だった。

作中には様々な「ダメ人間」が登場する。キャラとしてはアニメオタク(たっくん)と脳内彼女(メモリちゃん)が最も目立っていたけれども、私個人は自称小説家(ダザイ君)に自分を重ね合わせてしまった。私じしんもロスジェネ世代の一人だから、底流に流れるデカダンスは皮膚感覚で分かる。

政治運動や社会運動の世界に飛び込んだ人間たちも同様のデカダンスを抱えているはずだ。けれども、彼らはデカダンスと向かい合うことなく声高に「正義」を叫んでいる。その点では、右も左も同じだろう。そんな「愛国ごっこ」や「革命ごっこ」に何の意味があるのか。そんなことも考えさせられた芝居だった。

なお、公演は明日までとのこと。当日券があるそうなので、興味を持たれた方はどうぞ。
| 雑感 | 14:25 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
我が身は如何になろうとも…
JUGEMテーマ:ひとりごと

ここ1ヶ月、様々なことが身の回りで起こり、ブログの更新が滞った。

色々と感ずるところもあったが、結局のところ自分の「業」からは逃れられぬようだ。
それを改めて確認するため、平成20年8月22日に書いたmixi日記を以下に再掲しておこう。
(なお、仮名遣いや一部の表記を改めたところがある。)

私は筋金入りの「頑固者」だ。
学問においても、私生活においても、他の公的活動においても、十分すぎるほどに検討を重ねた末に決めたスタイルを変えるなどということは全くと云ってない。
自らの信念が許さぬのだ。

そんな私を、中学生時代からの友人は「独我論者」と評した。
また、別の友人は「幸せを掴むために、もう少し妥協したら…。」と忠告してくれた。
彼らの友情に感謝しつつも、自己を枉げることはできぬ。
たとえ、それで世間並み(以上)の「成功」・「幸せ」を得たとしても、我が人生を美しく彩るとは思えぬのだ。

「恋の駆け引き」も「社交場での名刺配り」も、我が為すべきことにあらず!
「不器用」だらうが、「傲慢」だらうが、私は自ら信ずる道を歩むのみ!
共に歩んでくれる者があれば手を取り合って進みたいが、なくば独りで行こう。
泥水を啜らうとも、狂者と謗られようとも、野辺に屍を晒さうとも悔いはせぬ!

 「独り行く覚悟定めし我れゆゑに寂しさをこそ友とすべけれ」
| 雑感 | 15:26 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アキバの猝妥広瓩鯔ねる
JUGEMテーマ:鉄道

去る13日の19時過ぎ、H氏と秋葉原駅で待ち合わた。土曜日ということもあって、秋葉原の街は大勢の人で賑わっている。メイド服を着た女の子も目立つ。メイド喫茶も過当競争らしく、客引きも大変そうだ。

裏道に入って少し歩くと、目指す「Little TGV」の看板が見えた。「鉄道居酒屋」と銘打っており、以前から気になっていたのである。エレベーターで4階に上がり、店の中を覗く。店内は盛況だったが、幸いなことに席が空いており、左手奥にある鉄道模型レイアウトそばの席に招じ入れられた。壁際のロングシートにH氏が坐り、テーブルを挟んだ普通のイスに私が座る。

壁一面には行き先表示板やら機関車のプレートが掲げられ、入り口手前の大型モニターでは全面展望ビデオが放映されている。

しばらくして、ウェイトレスが注文を聞きに来た。ウェイトレスは全員、鉄道乗務員をイメージさせるコスチュームを着ている。要するに、メイド居酒屋の鉄道ヴァージョンというわけだ。路線図を模したフードメニューや、飲み物のホットを「上り」、アイスを「下り」と呼ぶところなど芸が細かい。

前日で廃止となった「北陸」・「能登」の名を付けたカクテルがあったので頼んでみる。それぞれ、車両の色をイメージしたものであった。個人的には、満鉄を代表する特急「あじあ」の食堂車で供されたという「アジアカクテル」を再現して欲しいところではあるが…。

料理の味もそこそこで、1時間半ほど飲み食いした後に撤収。

鉄道と飲食店という組み合わせは、子供が喜ぶせいか意外に多い。祐天寺の「ナイアガラ」のように、創業40年以上を数える店も存在する。最近は各地に出来つつあるようなので、機会を見つけて訪ねてみたい。
| 雑感 | 08:18 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
「食文化」というソフト・パワー
JUGEMテーマ:政治思想

クジラ、そしてマグロ…。「環境保護」という美名のもと、「あれを獲るな!これを食うな!」と欧米諸国が理不尽な要求を突き付けてくる。加えて、シーシェパードなる団体が日本の調査捕鯨船団に執拗な妨害活動を仕掛けてやまない。去る2月15日には、抗議船の船長が捕鯨船に侵入して身柄を拘束された。

「生態系の保護」などというが、その基準が極めて恣意的だ。菜食主義者を除いて、欧米人の多くは朝から牛肉やら豚肉を平気で食べているではないか。(そもそも、「ワシントン条約」などという名前からして、軍艦保有比率が対英米6割に制限された第一次世界大戦後の「ワシントン海軍軍縮条約」を連想させ、気に食わない。)

古式捕鯨発祥地としても知られている和歌山県東牟婁郡太地町では、イルカ漁も行われている。この様子を否定的に取り上げたのが本年のアカデミー賞(ドキュメンタリー部門)を受賞した『ザ・コーヴ』だ。とは云え、イルカ漁じたいはIWC(国際捕鯨委員会)においても認められている。

グローバル化が進展する中で、食文化をめぐる軋轢は今後とも繰り返されるであろう。シーシェパードなどに対して断固たる姿勢を示すことは言うまでもないが、我が国の食文化を学問的に捉え直すことも必要だ。

先日、小林路義先生(鈴鹿国際大学名誉教授)から、『食べることは人生充実の「自己実現」だ』(農林統計出版株式会社)という本を頂いた。愛媛大学農学部の細川隆雄教授がゼミ生たちと行っている捕鯨文化研究のレポートや、日本料理のグローバル化に関する小林先生の論考などが収められている。

小林先生によれば、日本料理の有する「ソフト・パワー」は極めて強力であるという。先日、アメリカの高級寿司店でクジラの握りが供されていたことが明らかになったが、本当に美味ければ欧米人といえども食べるのだ。

抗議船の船長にもクジラを食べさせ、「ソフト・パワー」を見せつけてやればよいと思うのは私だけであろうか…。

| 雑感 | 16:57 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
西田幾多郎の「国体」観
JUGEMテーマ:政治思想
個性を有(も)つと云うには、過去未来を包む絶対現在の自己限定として、動いて動かざる、何処までも自己自身を維持し、自己自身を形成する形でなければならない。これが個性と云うものである。故に民族が単なる生物的民族を越えて、一つの世界として自覚するとき、即ち歴史的形成的なる時、それが個性的である。而して民族が斯く個性的となると云ふことは、それが歴史的形成的であり、歴史的使命を担うということでなければならない。国体とはかかる国家の個性である。国家は国体を有し、国体を有するものが国家であるのである。単に特殊的な民族的生命の上に国家の名を冠すべきではない。個性的に歴史的形成的なるもののみ、世界に対して、真の国家として独立権を要求し得るのである。
JR七尾線・宇野気駅からタクシーを西側に5分ほど走らせると、丘の上に西田幾多郎記念哲学館の建物が見えてきた。設計者は安藤忠雄だという。

河北郡宇ノ気村(現・かほく市)に生まれた西田幾多郎は、『善の研究』など多くの著作を残し、日本を代表する哲学者として世界的に名の知られた人物だ。当然ながら郷土の偉人であり、駅前には銅像が建てられている(写真左)。

1時間ほどかけて展示を見て回った。難解な西田哲学を咀嚼し、何とかして観客に伝えようという意欲が窺われる。色々と興味深い展示があったけれども、個人的には西田の肉声が印象的だった。

館内の喫茶室で遅めの昼食をとった後、図書室を覗いてみる。西田に関連する文献を中心に五千冊以上の蔵書があるという。ぼんやりと書棚を眺めていると、『西田幾多郎 日本論集』という本が目に付いた。冒頭に掲げたのは、そこに収録されていた「哲学論文集第四補遺」という著述の一節である。

「哲学論文集第四補遺」とは奇妙なタイトルであるが、もともとは「国体」というタイトルで昭和19(1944)年2月に書かれたものだ。当時は偏狭な国体論が横行しており、西田に対する風当たりも強かった。そのため、目立たぬタイトルに改めたと言われている。

ここで重要なのは、「動いて動かざる、何処までも自己自身を維持し、自己自身を形成する」という部分だ。闇雲に動けば良いものでもない。また、立ち止まり続けても駄目である。静と動との狭間で自己を形成する中に、「個性」があるのだと西田は言う。また、そのような「個性」は国家にもあり、それが「国体」であると西田は言う。国家もまた静と動の狭間で「国体」を形成していくのだ。

とするならば、ある一時期における「国体」のありようを絶対視し、一切の変化を許容しないという態度は知的頽廃以外の何物でもない。それは、結果的に「国体」を死物にしてしまうのだ。
| 雑感 | 20:41 | comments(8) | trackbacks(0) | pookmark |

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